金山秋男

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金山秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑮『人間の生き方「全体を視る目、部分しか見ない目』

とかく私たちは、自分を中心にして事物を見るものですから、自分の周りの事象しかみえず、それが無限の歴史や宇宙の摂理の展開の中で、どのような意味や位置づけをもっているのかを忘れて生きております。
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金山秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑭『人間の死に方「高さと低さ」②』

前回のブログを補完するために、やはり同じ頃、肺がんで亡くなった北海道斜里町の浄土真宗西念寺住職夫人、鈴木章子さんにも触れておきましょう。まず、すでにご自分のがんを告知されていた彼女が、父親と母親を相継いで亡くされたあとの文章から。
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金山秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑬『人間の死に方「高さと低さ」』

何回か前のこのブログで、愛憎、生死、清濁、緩急など相対立する語を重ねて、その止揚、融合あるいは転位の向うに、独特な精神の境位を探るという、日本人の魂のあり方について述べましたが、人が生きて立つ位置の高低にも、それは如実に表れてくるようです。
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金山秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑫『人間の生き方『天と私との間』』

夏目漱石といえば、ご存知のように、近代社会の形成期において、人間と人間の確執を見詰め尽くした作家です。人間同士の憎しみや嫉妬など、様々な煩悩を見詰め続けることは苛酷な作業であり、それが彼の精神や肉体に過度なストレスを強いたことは、想像に難くありません。
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金山秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑪『人間の生き方『仏と衆生の呼び交わし』』

私の好きな三好達治の詩作品から一つ。題して『わが名をよびて』
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金山秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑩『日本人の魂の古層『光と闇』』

何回か前のブログで、相対立する語をつなげた熟語が、その向こうに対立を超えた世界を開示する不思議に触れましたが、むしろ日本人は、このような論理性をひねり、逆説的に世界の、あるいは人間の深みに、真相を探ってきたふしがあるのです。
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秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑨『日本人の魂の古層⑨:日本人の感性』

日本人の宇宙観(コスモロジー)の特徴を示すものは、神と人と自然が分離せず、常に連絡して生活が営まれてきていること、それはまた、お盆や各種法要などにみるように、死者の世界(あの世、彼岸)と生者の世界(娑婆、此岸)とが連続しているという感性でありましょう。
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秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑧『おい癌め酌み交わそうぜ秋の酒②』

こうして江國滋氏は逝きましたが、残る家族はどのように彼の死と和解したのでしょうか。無論、家族の細々として看病の記録などには興味がありません。むしろ死を前にした氏の句作が、彼の生きざまを詩的に昇華したように、見送る側にもその最期をみつめ尽くし、納得する詩的昇華のプロセスがあるとすれば、その生死を媒介として向かい合った、究極の姿が見たいと思うのです。
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秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑦『おい癌め酌み交わそうぜ秋の酒①』

人はそれぞれ生きてきた風に、死んでいくものですが、たとえば、癌のもたらす精神と肉体の痛みに対しても、俳句のもつ諧謔性、そのユーモアの精神が効果を発揮し、感傷や自己憐憫におち入ることなく、抑制や明澄な意識をもたらすのは、やはり癌で逝った俳人で随筆家の江國滋氏の事例が雄弁に語っております。告知を受けた直後の句。
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秋男の「生きるヒント、死ぬヒント」⑤『I先生の思い出』

もう23年以上前のこと。私は郷里に帰った折に、中学時代に私をかわいがってくれ、私も最も敬愛していたI先生を訪ねたことがあります。
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